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福岡高等裁判所 昭和31年(ラ)129号 決定

抗告人 東邦興産株式会社 代表者取締役 土屋司 外一名

相手方 松本喜久江

主文

原決定を取り消す。

本件競落は許さない。

株式会社正金相互銀行の抗告を却下する。

理由

一  (一)株式会社正金相互銀行(以下正金相互と称する)の抗告理由は、第一、競売申立人たる抗告人において抵当不動産につき一括競売の申立をなしたのであるから当然これを許容すべきであるのにかかわらず、原裁判所が各別に競売したのは不適法であるし、第二、債務者兼抵当権設定者大穂弥太郎は競売申立後の昭和三〇年一一月三〇日死亡しているのに、その後の競売手続は死亡せる同人を当事者として続行されているので不適法である。よつて原競落許可決定を取り消し、競落を許さない旨の裁判を求めるといい。

(二)東邦興産株式会社(以下東邦と称する)の抗告理由は、本件競売の目的たる不動産は最初別紙目録(イ)宅地一筆及び同地上の同目録(ロ)(ハ)(ニ)の三棟の建物であつたが、本件競売手続において先ず(ロ)(ハ)の建物が競落され、ついで(イ)(ニ)が競売に付されたところ昭和三一年一〇月二五日の競売期日に(イ)宅地は売れず(ニ)の建物だけが売れて、同月三〇日(ニ)建物につき競落許可決定があつた。しかし宅地上に建物のあるその宅地だけを誰がすき好んで買うであろうか。正常な値で買う人はない。値はいくらでも廉くなる。だとすれば右(イ)(ニ)不動産の後順位根抵当権者たる抗告人は、全くのいわゆる「はだし」にされてしまうことになる。本件で先順位抵当権者の正金相互の債権は七〇万円、抗告人が一〇五万円、その外抗告人に後るる抵当権者(二名)の債権もあつてその総債権額は約二〇〇万円で、(イ)(ニ)不動産の最低競売価額は一八六七、〇〇〇円であるから競売代金をもつて総債権者の債権を弁済するには、一括競売しなければ不足することは疎明をまつまでもなく明白である。原則として一括競売をしなければならないことは古くから認められたところであり(昭和八年三月七日大審院民事部決定、裁判例七巻四三頁、法律時報昭和三一年一一月号五七頁中段以下)実務上もそのように処理されている。それ故執行裁判所は民訴第六七五条に牴触しないかぎり一括競売をなすことを要し、一括競売はあらゆる競売条件に先行するといつても過言ではない。それゆえ同条の改廃の問題も考えられるべきである。すなわち本件競落を許さないことが総債権者、債務者、新たに所有者となるべき競買人の利益となるものである。これに反し、各別の競売は総べての人の不利益となる。原決定は民訴第六七五条の解釈とその適用を誤つた違法があるから原決定を取り消すとの裁判を求めるというのである。

二  (一)正金相互の抗告理由第一点並びに東邦の抗告理由について

(正金相互は本件競落許可決定により損失を被むる者でないから同人の抗告は不適法として却下すべきであるが、抗告理由第一点は東邦の抗告理由と同一なるものがあるので便宜これに対しても判断することにした。)

抵当権の実行として数個の不動産に対し競売の申立がなされた場合は、民事訴訟法第六七五条の法意に照らし各不動産毎に最低競売価額を定めて個別競売をなすのが本則である。ただ(1)同法条の準用を見る余地のないとき(2)民法第三九二条第一項の適用がないとき(3) 個別競売に比し一括競売が利益であるか又は利害関係人になんらの不利益を及ぼさないとき(昭和一三年(ク)第一六五号同年七月二六日大審院決定)等の場合にあつては、裁判所はその自由なる裁量によつて一括競売を命じうるけれども、右と反対の場合は必ず個別競売を命ずべきである。論旨引用の大審院決定は所論のように常に一括競売をすべきであるというのではなく「数個の不動産を各別に売却することは法律上の売却条件ではないから執行裁判所は必ずしも各別に競売しなければならないことはなく、これを一括して競売に付しても差支がない」という趣旨のもので、なんら以上の説明に牴触することはない。また記録によると所論のように(イ)宅地上に(ニ)建物が存在すること及び(イ)(ニ)の不動産が各別に競売に付された結果(ニ)建物のみにつき最高価競買の申出があつて競落が許され、(イ)宅地に対しては競買の申出がなかつたことが認められる。この事実を前提し抗告人東邦は地上の建物だけが先に競売された場合、建物の敷地だけを正常な価格で競買する好事家はない、敷地の競売価格は低落するばかりであるから、原執行裁判所が敷地と建物とを一括競売に付しなかつたのは不適法であると主張するけれども、もともと同抗告人は(イ)宅地に前示(ハ)(ニ)二棟の建物の存在することを知つてこれを抵当にとつたもので、更地としてとつたのでないことは記録上明らかであるから、右宅地の更地としての交換価値(換価価格)から右二棟の建物の存在することによる減損額を差し引いた残存価値を把握した抵当権者というべきであり、しかも本件は後記のように民事訴訟法第六七五条第一項が準用される場合で、個別競売に付すべきときに該当するものである以上、同抗告人は宅地の右残存価値相当の換価売得金による抵当債権の満足をもつて耐忍するの外はないから、以上の説示に反する主張は採用に値しない。

記録によると本件競売申立人たる抗告人正金相互の抵当債権及び同人に優先する債権者の債権の合算額並びに競売手続の費用は(イ)宅地の最低競売価格をもつて十二分に完済しうる状態にあるばかりでなく、原裁判所は既に(ロ)(ハ)の建物をも競売に付して競落許可決定が確定し競落人において競落代金を完納しているので、この競落代金と(イ)宅地の最低競売価額との合算額は、右各債権の合算額に費用を加算した総額を越えること五〇万円以上であるゆえ(ニ)建物を競売する必要がないこと、一方本件(ニ)の競落価格は二九万円であつて(イ)宅地の最低競売額の五分の一にも達しないのであるから、(ロ)(ハ)(ニ)の建物の競売代金の総和をもつてしても前示各債権の合算額に達しないので、(ニ)建物の競落を許しその競売代金が支払われても、更に(イ)宅地をも競売しなければ、結局右各債権並びに競売手続の費用を償却しえないことが認められる。

思うに、数個の不動産に対し競売法による競売の申立があつた場合に、ある不動産の売得金をもつて、申立担保権者及びこれに優先する債権者の債権並びに競売費用を償却しうることの明らかなときは、後順位債権者の債権を償いうるや否を顧みずして該不動産のみを競売に付し他の不動産を競売に付することは許されないのである(昭和三〇年(ラ)第五〇号同年八月三〇日当裁判所決定、高等裁判所判例集八巻七号四三三頁参照。この点につき本件に関するかぎり付言すれば、特に競売法による不動産競売手続においては債務名義を有する債権者の外原則として配当要求を許さないばかりでなく配当要求債権者の債権も、登記ある競売申立担保権者の債権に後るるを通常とするので、不動産を競売に付した時から配当要求をなしうる競落期日までの間に、申立権者に優先する権利者の出現することは稀であり、もしかかる権利者が現われて他の不動産を競売する必要が担保あるときは、その際他の不動産を競売に付すれば十分で、通常は殆んど出現しないであろう優先権者の、あるいは出現するかも知れないということのために、競売申立にかかる不動産をともかく一応全部競売に付した上、他の不動産に対する競落を許さない決定をなすべしとするのは、守株刻舟の類であつて、採るべき見解でない。民事訴訟法第六七五条第一項は動産に対する強制執行における同法第五六四条第二項・第五七八条の規定とその法意を同じくし、債権の満足をうるがため、その限度において目的物を換価するという競売の本質からくる当然の規定であり、かりにかかる法条がなくても同趣旨に解釈運用さるべきものである。ただ第六七五条第一項が第五六四条第二項・第五七八条と少しく趣を異にする所以は、わが国における不動産競売手続の構造が動産のそれと異るがために外ならずして、両者の競売の本質的差異に由来するのではない。すなわち、不動産の競売においては(1) 競売の申立があつた後に鑑定人をして不動産の評価をなさせ、その評価額を最低競売価額とするので裁判所は競売開始決定(差押)をなす際は、いまだ不動産の評価額を知ることが不可能であるため、競売申立にかかる全部の不動産を一応差し押えざるを得ないこと(もつとも担保権実行の場合は、担保物権不可分の原則もこれが一理由となるであろう)。そして超過差押自体は右のようにやむを得ず一応許されたに過ぎないので、該超過差押に基いてその後の超過競売までが許容されるものではない(昭和八年(ク)第八五六号同年七月七日大審院第二民事部決定参照)から、下記(2) 以下に説示するところと相まつて考察すれば、前記第五六四条第二項第五七八条と第六七五条第一項とを統一的に理解するときは、動産の競売と不動産の競売とにおいて、その趣旨を異にしないということが容易く判明するであろう。(2) 競売(売却)は執行裁判所の命に従い、競売期日において執行吏が実施し、競落の許否は競売期日と日を異にする競落期日において裁判所がこれをなす立前であること。従つて動産の競売において競売の実施と競落の許否ともに、同一期日に執行吏がなすとひとしく、不動産の競売においても競売期日と競落期日とを併合して単一の期日とし、執行裁判所が競売の実施をも担当するとせば、ある不動産の売得金をもつて債権者に弁済をなし及び競売の費用を償うに足るに至るときは、直ちに競売を止むべきことは当然であるから、結局民事訴訟法第五七八条と同一に帰着する。しかも右の場合裁判所は利害関係人の異議の有無を問わず、職権をもつて競売を止むべきである)。

不動産競売手続は、差押、評価、競売、競落という数個の段階に分かれて発展するのであるけれども、各段階手続は相合して一連の債権の満足をはかるため、その限度においてのみ目的不動産を換価するとの単一な競売に外ならない以上、該競売において、なんら競売申立債権者の利益とならないのみでなく、しかも却つてそれによつて目的不動産の所有者その他の利害開係人に不当な損害を被らしめるがごとき事実を発生させることは許されない。本件において見るように著しく最低競売価額を異にする(イ)(ニ)二個の不動産が競売の目的たるとき、(イ)不動産のみの競売代金(最低競売価額)をもつて差押債権者たる抗告人正金相互の債権及びこれに優先する債権並びに競売手続の費用を償うに足ることが明白であつて(ニ)不動産の売得金(最低競売価額)をもつては、これを償い得ないと認めらるべき場合においては、民事訴訟法第六七五条第一項の法意に従い先ず(イ)不動産のみを競売に付し、(ニ)不動産は競売に付することなく、同不動産の競売手続は一時これを停止し、(イ)不動産の競売の結果をまつべきことは、先に説明した所から明らかであり、更にこの理論を推度すれば、裁判所が右の場合、(イ)(ニ)両個の不動産を競売に付し、(イ)不動産に対しては競買の申出がなく、(ニ)不動産のみに対し相手方において最高価競買の申出をなしたため、相手方に対し競落許可決定が言い渡された本件のごときにおいては、該競落許可決定は違法であつて取消を免れないものと解すべきである。けだし、先に(ニ)不動産の競落を許すにおいては、その競売代金をもつては差押債権、これに優先する債権及び競売費用を償うに足らないことは、先に見た通りであるから、その結果は更に(イ)不動産をも競売せざるを得ないので、結局は全部の不動産につき競落を許す決定を言い渡さなければならないことにたちいたるから、前説示の第六七五条第一項の法意は完全に無視され、毫も差押債権者に利益を加えることのないのみか、不動産所有者及び抗告人東邦の利益を不当に害する結果を招くばかりである(抗告人東邦は、記録によれば、(ニ)不動産の上の根抵当権者で、該根抵当の原因たる取引関係は現に存在していること、従つて同抗告人は与信者ないし投資者として該取引関係の存続につき利害関係を有する者であること、先ず(ニ)不動産が競売されると、その競売代金からは毫末の配当を受け得ないで、根抵当に基く投資者たるの権利関係は当然解消となるの外なく、根抵当権は消滅に帰する不利益を被むることが認められる)。

従つて特段の事情もない本件において、(イ)不動産と共に(ニ)不動産をも競売に付し、(ニ)不動産につき競落を許したのは違法であるから、この点において原競落許可決定は取消を免れない。

よつて正金相互の抗告理由第二点に対する判断を省略し主文の通り決定する。

(裁判長判事 二階信一 判事 秦亘 判事 尾崎力男)

(別紙)目録

(イ)福岡市大字馬出字大福寺五八〇番地

宅地二七一坪六合

(ロ)同所五八三番地の一家屋番号三角町四番

木造瓦葺二階建居宅一棟建坪九坪二合

外二階七坪二合五勺

(ハ)同所五八〇番地家屋番号三角町六七番

木造瓦葺平家建工場一棟

建坪田五坪

(ニ)同番地 家屋番号三角町六六番

木造瓦葺二階建居宅一棟建坪一二坪二合

外二階八坪

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